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帝国ホテル:10/26(火)、小室氏、眞子さまの会見会場はどの間か?

2021/10/18
 
ワイキキビーチの空撮
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本館と新館があります。13階はありません。

10/26(火)午後、小室圭氏と眞子さまの記者会見が行われる予定です。まさか「孔雀の間」ではありますまい。
歓迎される婿様であれば、孔雀の間で華々しくまさに「華燭の典」と行けるのでしょうが。

桜の間富士の間ではないかと予想します。あまりに狭い所はみすぼらしく、さりとて広すぎるところもいたたまれないでしょうから。報道関係者はたった50人程度しか呼ばれないようです。
質疑応答は前もって事前質問ありきなので、実のある話はまったく期待できませんね。

小室氏は成人式の写真もここで撮ったそうですから、小室氏母子にとって思い入れのあるホテルなのでしょう。

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東京の今月のロビー装花はアナスタシア、スプレーマム、アルストロメリアです(色目は黄色)。

日本料理 寅黒(10/14)

11/1、新規オープンする。 東京のタワー館地下1階にある日本料理。ディナーのみ、17:00~22:00(20:30ラストオーダー)です。
日・月・祝お休みです。11/1は初日につきオープン。24席しかありません。
メニューはお任せコース(¥33,000)のみ。お財布が許す方はぜひ。
ミシュラン3つ星の名店、「神楽坂 石かわ」、「虎白」との提携。両店で研鑽を重ねた鷹見将志氏を迎え、帝国ホテルが新たな和食文化をお届けする、とのコンセプト。虎白だから寅黒?可愛い!

詳細はこちら→ https://www.imperialhotel.co.jp/j/tokyo/restaurant/imperialhotel_torakuro/

新規オープン情報 (7/1)

何と遂に京都にもできることになった!2026年の春にオープン予定である。
客室は60しかないとのことでオープン当初は予約が難しいかも知れないが、京都に行かれるならぜひ。
大阪にオープンして以来30年ぶりの新規開業だそうだ。

東京

明治23年11月3日、57客室、朝食室、臨時会食堂、舞踏室で開業した。朝食室には60人入れた。
舞踏室は500~600人が踊れた。1940年頃コックの給料は4円50銭だった。他に年2回の賞与、年に2回の手当、チップやサービス料から割れた食器代を引いて従業員が6割、会社が4割で分配するデバイドがあった。従業員の分け前は査定で決まった。格式は高かった。

厨房に入れるのは東京、大阪、神戸、京都、名古屋の市、町の出身者に限られ、村では駄目だった。「都会出身者でないと舌が肥えていない」という理由からだった。今では「門地で差別してはならない」と憲法にも書いてあるが。人の感覚も法律も少しずつ変わっていくものである。

大正12年社長制の導入で初代社長になったのは大倉喜七郎氏で、ヨーロッパ生活が長かったため、食通だった。
自費で社員を欧米に研修留学させた。今こんな社長はまず居るまい!

昭和16年、政府は「特別金属回収運動」を開始、軍用機や戦車、銃、弾丸などの材料にするため会社や家庭から鉄、銅製品の供出を募った (かなり強制的!) 。町からは道路標識も消えていった。
厨房にある大量の銅鍋 (赤鍋と呼ばれた) は熱の伝導率が極めて高く、熱が全体にまんべんなく穏やかに伝わるため、おいしいフランス料理に欠かせない。
鍋を一度拠出したら二度と戻ってこないと思われたため、日比谷の直営レストランリッツの地下二階に疎開させた。戦後帝国ホテルはGHQに接収されたが、昭和27年自由営業を再開した。昭和29年500個余りの赤鍋は無事帰還した。シェフたちの機転に万歳!である。

オペラ歌手の藤原義江氏は52年間、女優の田中絹代氏は4年間住んでいた。藤原氏は「どの国に行ってもそこの一番いいホテルの一番安い部屋に泊まる」を旨としていた (大賛成!)。パーキンソン病が悪化して目が悪くなったが車椅子は断固拒否した。昭和50年、部屋で呼吸困難に陥り入院、翌年日比谷病院で亡くなった。

2024年~2036年頃までの期間、グランドホテルとなる新本館と複合ビルの新タワー館を建て替えするそうだ。期間中も部分的に営業は継続とのこと。

渋沢栄一

帝国ホテルの初代会長。明治政府は国を挙げての近代化を推し進める一環として鹿鳴館外交を展開、首都である東京に世界の賓客をおもてなしできる西洋式グランドホテルを整備するべく、ときの外務卿井上馨が渋沢栄一、大倉喜八郎に声を掛けた。鹿鳴館の隣接地に1890年11月3日「日本の迎賓館」として開業した。

バイキング (ブッフェ)

帝国ホテルの社内公募で決めた。近くの映画館でカーク・ダグラスの海賊映画バイキングが上演されていて船上で食べ放題、飲み放題のシーンがあったため。ボーイをしていた3人が同じ名称で応募、当時としては破格の賞金が出た。

村上信夫

帝国で一番有名な第11代総料理長。ムッシュ村上。若くして見習いで入社、しかし戦争に行きシベリア抑留される。帰って来たらチーフに忘れられていた。パリのリッツでも研修。「NHKきょうの料理」で有名になった。取締役料理長になった。自分の店をやろうと準備し、辞めたかったが辞めさせてもらえなかった。準備した店は後輩に任せた。黄綬褒章、勲四等瑞宝章受章。専務から料理顧問として、ずっと料理で帝国を支えた。2度会ったことがある。

田中健一郎

帝国ホテルの第13代総料理長。40代でなったのは村上信夫氏とふたりしかいない。ル・ブリストルやロイヤルクラブ・エビアン、ランブロワジーで修行した。ランブロワジーの三つ星シェフ、ベルナール・パコーに影響を受けた。パコーはジョエル・ロブション、ピエール・ガニエール、アラン・デュカスと並ぶフランス料理界のリーダー。

三國清三

オテル・ド・ミクニのオーナーシェフ。札幌グランドホテルから帝国ホテルに志願してやって来た。正社員の枠がなくパートタイマー採用で鍋や皿を洗う係だったため、料理を作ったことはなかったが、鍋洗いの要領とセンスが良く塩の振り方がよかったため、駐スイス大使の専属コックとして村上信夫が推薦した。ふつうこんな若くて経験の浅い者に大使のコックはさせないもので、大使夫人も心配したくらいである。料理もさせてもらえないうちから彼の才能を見いだした村上氏の見識は流石としかいいようがない。
8年間のヨーロッパ修行を終え帰国したが、ホテルには戻らず市ヶ谷のレストランに行った。のちにオーナーシェフとなる実力を蓄えることになった。平成12年九州・沖縄サミットの外相午餐会のシェフに選ばれた。

小野正吉

大正7年横浜生まれでホテルオークラの総料理長から常務、専務と登り詰めた。フランス料理人の団体エスコフィエ協会✿の日本支部ができたとき (昭和46年) 初代会長となる。今では会員も1,800名を超えた。平成9年に亡くなった。

✿エスコフィエ協会はこちら→ https://www.escoffier.or.jp/

竹谷年子

帝国ホテルがGHQに接収されていたとき、食通のウィロビー少将を担当して行き届いたおもてなしをした。
マリリン・モンロー、アラン・ドロンの客室係もこなし接客のプロ中のプロと名をあげた。
昭和50年エリザベス女王が来日したときはスタッフが迎賓館に泊まり込んで料理を出した。
アラン・ドロンにはお礼のキス、女王からは英国の紋章入りの銀の櫛をもらった。
帝国ホテルの財産」と言われ、定年後も嘱託として平成3年81歳で引退するまで働いた。平成9年に亡くなった。

サービスアパートメント

このコロナ禍でどのホテルも大変に苦労している。それは伝統ある一流ホテルでも新参の世界的有名ホテルでも、ビジネスホテルでも同じである。専属サービスアテンダントが付く。駐車場も滞在中は1室1台まで無料で出入り自由。
フィットネスセンター、プール、サウナも無料。
室料と別のオプションでランドリーサービス、ルームサービスも7泊と30泊がある。30~80万円くらい。
わたくしもメールいただいたので、ぜひ行くつもりである (宝くじが当たったら・・・) 。
料金は部屋のグレードによるので詳しくは帝国ホテルへ→ https://www.imperialhotel.co.jp/j/tokyo/special/serviced_apartments/

大阪

新情報(10/13)

2021/11/1(日)~2022/1/7(金)、「英国フェア A Taste of Britain」 やるそうです。イギリスの
伝統料理ローストビーフ、牛肉のギネスビール煮込み、スコティッシュ・スモークサーモンなどがあるとのこと。
お近くの方、あるいは出張で大阪へ行かれる方は、ぜひ。

最寄りは桜ノ宮駅。スヌーピー好きならここであろう。何故か大阪にだけ2001年からドアマン・スヌーピーがいるのだ。
ベッドスロー✿やバスローブ、タオルまでスヌーピーがあしらわれている。

✿ベッドスロー:ベッドライナーともいう。ベッドに掛けられている帯状の布。土足で上がる人たちのためにシーツやデュベカバーが汚れないようにするためのもの。日本人で靴のままベッドに上がる人はまあいないであろうが・・・。白地とのコントラストを考えて濃い色目のものが多いようだ。

ちなみに、一流ホテルのマットレスやベッドは、インテリア用品における防災上の施策のひとつとして「ファイヤーブロッカー仕様」を採用している。高層ホテルで火災発生なんて考えたくもないから。窓ははめ殺しが多く (横浜のパンパシフィックを除く!) 、はしご車も届かないので。
またラブホテルのベッドは1トンの衝撃に耐えられるようにできているそうだ。ひとりが睡眠のために使うのとは用途が違うので当然なのか・・・。

ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのパートナーホテルであるため、1デイ・スタジオ・パス付き宿泊プランを選べば、チケット購入の列に並ばずに済む。宿泊日、出発日のどちらでも利用可能。

上高地

1933年開業。4/26~11/14の期間限定でオープンする。冬は道が雪で閉ざされるため。期間と部屋タイプによって料金はまちまち。都度ご確認を。車がないと行くのはちょっと不便である。上高地はマイカー乗り入れが規制されるが、帝国ホテルハイヤーならば自宅(東京23区、武蔵野、三鷹など)、帝国ホテル、羽田空港、東京駅などからゆったり、途中1時間ほど休憩を取りながら約5時間で上高地のホテル玄関まで送ってくれる。ドライバーはサービス介助士の資格保有者のため車椅子の方でも利用しやすいそうだ。東京~上高地1泊往復で21万円から (部屋代は別) である。時間とご予算のある方はお試しあれ。
4階は赤い斜めの屋根にドーマー窓 (明り採り・外気導入を目的とした窓)で、窓から西穂高、奥穂高などが見える。近所に店なんてないので、夕食付きをお勧めする。夜の★は圧巻!天の川が見えるかも。

ハワイ

ワイキキビーチの名門、ハレクラニと、姉妹ホテルのハレプナワイキキがある。行っていないのでご紹介できない。ご自身でご確認願いたい。ジョージ・ジェンセンがあるようだ。日本語対応のパソコンもあるそうだ。ハワイに行ってまでビジネスしたい方はぜひ。あのカトレア柄のプール、入ってみたい。日焼けはしたくないが。

宝石に興味がある方はこちらも→ 宝石・香水:美しいもの、香しいものに囲まれるのはいいものです。

追伸:後日ロイヤルパークホテルも投稿します。乞うご期待!

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