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家紋:虎杖、車前草、沢瀉、薺、鷦鷯、折敷、曲尺、全部読めますか?

2021/10/08
 
紋章
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家紋は漢字の勉強にもなる。本当に!
日本人なら四君子、五摂家歳寒の三友くらい知らなくては・・・。
漢字検定受けるなら家紋の知識も必要である。

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family crest
三葉葵も御三家により、また将軍の代によっても微妙に違う。

デザイン

  • 尚美紋(しょうびもん)

 公家の家紋に多い。植物を象ったものが多く優美。

  • 尚武紋

 勇ましさを表す剣、鎧、鷹、獅子などをモチーフにしたもの。

  • 吉祥紋

 縁起がよいとされる鶴、亀、鳳凰、熨斗、めでたい字(寿など)を使ったもの。

  • 苗字紋

 吉野氏の桜のようにだれでも連想できるものをモチーフにしたもの。

  • 記念紋

 佐竹氏の扇紋のようにだれかに貰った場合や戦功の象徴をデザインしたもの。

  • 信仰紋

 諏訪神社の神紋に因むなど、その家の信仰を家紋とするもの。

菊(天皇家)

奈良時代に中国から薬用として伝来した。「養生訓」にも書かれていることから齢草(よわいぐさ)の別名もある。重陽の節句に宮中では菊酒を飲んで長寿を願った。長寿延命の縁起が込められて菊紋が天皇家の紋となった。

皇室に興味がある方はこちらも→ 皇室典範:皇族の結婚、経費、天皇の仕事など、まとめてみました。

近衛家、鷹司家(五摂家)

牡丹紋を使っている。近衛家から牡丹紋を贈られる氏族が出て少し形を変えた紋を使うことになった。
伊達氏、島津氏など。

九条家、二条家、一条家 (五摂家)

藤原氏の流れを汲む家柄。親戚関係にある。牡丹紋を使っていたが室町時代頃、藤紋を使うようになった。

✿五摂家:平安時代の公家の中で、摂政や関白になれる家柄は五つしかなかった。

伊達紋

刺繍を特徴とする。江戸時代の役者、侠客が好んだ。立体的で豪華。
幕府から贅沢禁止令が何度も出されて次第に廃れてしまった。

加賀紋

友禅染が特徴。加賀藩の上級武士、町人、風流人が好んだ。大きくはなく品位があったため「智紋」と呼ばれた。

菊水紋

楠木正成の家紋。菊の下半分に水の流れを描いた紋。
後醍醐天皇から菊紋を下賜されたときそのまま使うのは畏れ多いと水の流れを配したとされる。

分家

本家を継ぐ者はそのまま定紋を使えるが、分家として独立するときは本家と少し変えた紋を使うことが多かった。
天皇家は十六葉表菊紋だが、各宮家では花弁の数が異なる。

葵紋

家康が征夷大将軍になった後は徳川氏一門と親藩しか使えなくなった。三河の松平氏も蔦や桐に変えた。将軍の娘が嫁ぐとき本人は葵紋を使えたが子や孫には使わせなかった。
しかし庶民は憧れから葵紋を使用する者がなくならなかったため、1723年葵紋禁止令が出された。
家康から家光までは同じだったが、代を経る毎に茎の太さや葉脈の数に変化があって一定ではなかった。

虎杖(いたどり)

タデ科の多年草。若芽に酸味があるため「すいば」、「すかんぽ」とも呼ばれる。地下茎には緩下・利尿作用があり、葉には止血作用がある。痛みを取ることから「痛取り」と呼ばれるようになった。
多治比氏、丹治氏、中山氏、黒田氏が使用。

車前草(おおばこ)

オオバコ科の多年草。葉と種子は利尿・鎮咳の薬とされる。坂上田村麻呂の子孫と言われる田村氏など、医師の家系で使われることが多い。親戚の坂上氏、丹波氏も使用している。

沢瀉(おもだか)

オモダカ科の多年草。別名「勝ち草」。正月料理に使われる慈姑(くわい)は沢瀉の変種。武家で使われる。
福島正則、水野忠邦、毛利元就など。毛利氏は戦の折、沢瀉に蜻蛉が止まったのを見て、「勝ち草に勝ち虫が止まった」のを吉兆として勝利を確信したという逸話がある。漢字検定の読みでよく出る。

ブナ科の高木。新嘗祭でも使われる。また朝廷で料理を監督した役人を「膳夫(かしわで)」と言う。新芽が育ってから古い葉が落ちるので子孫繁栄の象徴として端午の節句に柏餅を食べるようになった。
恵比寿神社の神紋。神職の家で使われる。伊勢神宮、熱田神宮など。他に奥州の葛西氏、土佐の山内氏も家紋としている。

石榴

ザクロ科の高木。仏教では「吉祥果」と呼ばれ魔除けの実とされる。鬼子母神が手に持つ。鬼子母神はヒトの子を食らう鬼女だったが、釈迦から子を失う悲しみを諭され、仏教に帰依し、安産・育児の神様となった。
それ以降子どもの代わりに吉祥果を食うようになったとされている。

歯朶(しだ)

種子を持たず胞子で増える。ウラジロ、ワラビなど。ウラジロは長さ1mにもなり、裏側が白く注連(しめ)飾りに使われる。葉は一対、芽の時点で二股に分かれる。芥川氏などが使用。

棕櫚(しゅろ)

ヤシ科の常緑高木。皮からは繊維が採れ、束子や縄などに利用される。葉は帽子、幹は材木として利用される。
紋は羽扇子のように広がる葉を図案化したものが多い。浅間神社の神紋、その宮司であった富士氏、その分家の米津氏、藤原の流れを汲む富岡氏、平氏の流れを汲む柳本氏、旗本の佐々氏、野村氏などが使用。

ミカン科。常緑で実を長く付けることから長寿・吉祥の木とされる。日本書紀に不老不死の妙薬とする記述がある。雛飾りの他、京都御所の紫宸殿、平安神宮の外拝殿の正面に「右近の橘」として「左近の桜」とともに植えられている。井伊直政、黒田氏、久世氏が用いる。日蓮宗では井桁に橘紋を寺紋としている。

薺(なずな)

アブラナ科の越年草。春の七草のひとつ。実は三味線の撥(ばち)に似ていることからその仕草を模して「ペンペン草」とも呼ばれる。畠山氏、伊達氏が使用。

ラン科の植物。四君子(梅、竹、蘭、菊)のひとつ。日本書紀に見られる蘭は野蒜(のびる)や藤袴。辻氏が使用。

シダ植物。新芽は「早蕨」と呼ばれる。灰汁抜きしないと中毒を起こす。根からデンプンが採れるためこれでわらび餅が作られていた。巻き上がった形を蕨手といい、先端が丸になった蔓状の文様が多い。古墳時代の土器や銅鐸にも文様として使われていた。奈良・平安時代には柄頭の文様として親しまれてきた。和田氏、上遠野氏、近藤氏で使われている。

八咫烏(やたがらす)

太陽の使いとされる3本足のカラス。日本書紀、古事記で神武天皇の東征の際に道案内したとされる。
雑賀衆 (さいかしゅう) ✿を率いた鈴木氏の他、土居氏が使用。

✿雑賀衆:戦国時代の最強の鉄砲傭兵集団。敵に回せば敗戦となると恐れられた。

ツル目の鳥。「鶴来る」は秋の季語長寿の象徴勘解由小路(かでのこうじ)氏など公家の多くが使用している。室町幕府の8代将軍正室日野富子も使用。武家でも多く使用され、森蘭丸、蒲生氏郷が定紋としていた。

鷦鷯(みそさざい)

スズメ目ミソサザイ科の鳥を模した紋様。

ウシ目イノシシ科。向こう見ずに突き進む武者を思慮に欠ける者として「猪武者」という。
勇猛な武者は讃えて「猪突稀勇」という。使用した氏族は確認されていない。

ウマ目ウマ科。武士には軍馬として利用され戦功を左右することもあり重要な動物だった。
浅間神社で神馬(しんめ)として祀られる。相馬氏、岸氏、堀本氏、戸張氏、黒沢氏、三田氏などが使用。

星、曜

道教では北斗七星は神格化され「北斗真君」と呼ばれる。オリオン座の三つ星は「将軍星」と呼ばれる。
中心に円を描きその周囲に円を並べたものを曜紋という。星は毛利元就、渡辺氏、曜紋は細川氏が使用。

追州流し、澪標(みおつくし)

追州流しは治水のため籠状のものに石を詰めて堤防を補強するためのもの。
澪標は船の航行に際してどこが深いか、通りやすいかを知らせるために立てた杭のこと。
追州流しは小野寺氏、保田氏、澪標は戸川氏などが使用。

神社などの神域を囲むもの。日本をさして「玉垣の内つ国」という表現もあった。紋の形は玉垣、竹垣がある。
大岡氏、大久保氏などが使用。大岡越前守忠相は替紋として玉垣紋を使用していた。

折敷(おしき)

杉や檜を薄く切ったへぎ板を折って作られたお盆。脚があるものは足打折敷という。
お供えに使う三方は折敷に台がついたもの。紋は折敷を真上から見た四角形や八角形が多い。
大山祇神社の神紋。そこを氏神とした越智氏などが使用。

水をかいて船を操る道具。「櫂は三年、櫓は三月」というように櫂の方が扱いは難しい。
家紋にしたのは海事に関係のある家系と思われる。山本氏、キリシタン大名であった小西行長に縁のある小西氏が使用している。

菅、藁、藺草などで編んだもの。雨や雪を防ぐために用いられた。流鏑馬など狩猟で使われるものは綾藺笠(あやいがさ)といい、裏に絹を張っている。中央の突き出た部分に髷の束ねた部分を当てる。
市女笠(いちめがさ)は元々市場の女性が使っていたが男性も使うことがあった。
「かさ」が「嵩」に通じるとして高橋氏で使われる。豊臣秀吉から「唐人笠三つ紋」を与えられた古田氏の他、剣豪の柳生氏、三島氏、近藤氏、国領氏、箕氏、式部氏などでも使われている。

曲尺(かねじゃく)

まがりがねともいう。長い方を長手、短い方を妻手という。目盛りは裏表についている。
裏の目盛りは表の√2になっている。目盛りと直角部分を使えば掛け算、割り算、二乗の開平、比例配分、三角法などの計算ができる。和算と組み合わせて規矩(きく)術として体系化された。電卓がない時代、ルート2を思いつくのが凄い。藤原氏の流れを汲む武者氏で使われている。

伊達政宗の兜には「弦月の前立」がついている。北斗七星を象った飾りに「破軍星立て兜紋」というのがある。
北斗七星の7番目の星を「破軍星」といいこの星を背に戦えば必ず勝つと信じられていた。
明珍氏、今井氏などが使用している。

杏葉(ぎょうよう)

乗馬の際、馬につける装飾具。馬が歩くたびひらひら揺れることから「いひら」とも呼ばれた。
大友氏、鍋島氏、公家では持明院氏、園氏、藪氏、中園氏、高丘氏、武家では厳島氏、大野氏、温科(ぬくしな)氏、目賀田氏、三池氏、摂津氏などが使用している。また浄土宗の宗紋でもある。

五徳

三本の脚を持った鉄などで作られた輪。ごとくは「火床(くどこ)」に由来する。
儒教には「温・良・恭・倹・譲」の五徳がある。疋田氏が使用している。

琴柱(ことじ)

中国でも日本でも文化人の嗜みとされた。秋間氏、後藤氏、中村氏などが使用。

鞠、鞠挟み

蹴鞠は貴族が蹴って遊ぶ鹿革でできた鞠。鞠挟みは蹴鞠を挟む止め板。二枚の板で挟んで鞠を吊しておく。松平氏、板倉氏などが使用。

花菱

外側に出た膨らみが尖っているものを鬼花菱、その花弁一枚一枚を細く描いたのが痩鬼花菱、全体の輪郭を柔らかくしたのをむくみ花菱、花弁の間に剣飾りをつけたのを剣花菱、間から蔓を出したのを蔓花菱という。
武田一族やその家臣、勝海舟が使用している。

四つの菱形で大きな菱形を作るのを割り菱紋という。三つ重ねた菱が上に行くほど小さくなるのが三階菱紋、上下が小さく真ん中が大きいのが松皮菱紋。割菱は武田菱として知られる。
公家では西園寺家の流れを汲む清水谷氏が使用。

中国で蝶は「ぼう」と読み、80歳を意味することばと同じ音なので長寿のシンボル、吉祥とされた。

椿

茶の湯では11月の炉開きから4月までの約半年間、花といえば椿を飾る。種類が多く名称もさまざま。日本の原種で呪力を持つ神聖な樹とされ、焼いた煙や灰は悪霊を祓い、椿で作った杖や槌は悪鬼を退けると伝えられた。
平安時代には正月最初の卯の日に卯杖と卯槌が天皇に献上された。

新春を寿ぐには何よりの花。厳寒の中で咲く花として松、竹とともに「歳寒の三友」といい、絵画や詩歌に多く取り上げられてきた。

籬(まがき)

竹や柴などで編んだ低く粗い垣根。

常緑樹で神社の神紋。杉を逆さにしたような形状を「杉形(すぎなり)」といい、茶道具の意匠として多く用いられる。

御所車

平安時代貴族たちは牛に引かせて移動した。御所車を紋様にしたのが御所車紋、車輪のみを意匠にしたのを源氏車という。車輪は乾燥を防ぐため流水の中に浸した。それを意匠にしたのが波車。鎌倉時代以降は御所車から輿に変わった。

漢字検定受けてみようかな~な方はこちら→ https://www.kanken.or.jp/kanken/

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